【写真上】大代の橋本にあった「朝鮮人徴用工員宿舎」の全景。正しくは「横須賀海軍施設部多賀城工員宿舎」という。「海軍工廠施設部」と解説しているものもあるが、「施設部」は「海軍工廠」ではなく「横須賀海軍」の部署である。また「横須賀海軍施設部多賀城工事事務所」は大代元船場にあった(多賀城海軍工廠を造った「横須賀海軍施設部多賀城工事事務所」参照)。また「多賀城海軍工廠機銃部」と解説している例もあるがそれも誤解である。
昭和18年9月22日、「横須賀海軍施設部多賀城工員宿舎」舎監の佐藤三郎は工員慰安のために横綱照国の巡業を行った。2枚の写真を見比べると、土俵や宿舎の配置等から同じ施設であることがわかる。